スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

505枚目 アナログ・EP盤 パテイ・ペイジ 『テネシー・ワルツ』

テネシーワルツ

 パテイ・ペイジ 『テネシー・ワルツ』505枚目 アナログ・EP盤

レーベル :mercury 発売元  日本ビクター株式会社.
発売年 不明 
定価 700円
A面 1 テネシー・ワルツ 2涙のワルツ
B面 1 ワン・ワン・ワルツ 2チェンジング・パートナーズ 3嘘は罪

NHKFM『アンダー18 夕方M塾 中学生スペシャル』続けます。

12歳中学1年女子のディスクジョッキーが選んだ楽曲がパテイ・ペイジ 『テネシー・ワルツ』。
おばあちゃんのリクエストだそうです。
私のライブラリーにかろうじてありました。
江利チエミでなくて良かった。持ってないですから。
で、驚いたのはこのM塾生、祖母を「私のババ」と呼ぶのです。

おばあちゃんを「ババ」と呼ぶ、
これは地方性なのでしょうか、私には新鮮に聞こえました。
2人の中学1年ディスクジョッキーがご両親を
「パパ、ママ」と呼ばないのも好感もてました。
つまらないことにこだわる私。

さて、ババが選んだパティ・ペイジ。
実は正月に大量に見たレンタルビデオの内、名作『ゴッドファーザー』に
登場するのです。
残念ながら、実物ではなく、看板で。

NYからネヴァダ州にシマを移そうとするゴッドファーザー亡き
コルレオーネ・ファミリーがラス・ベガスのホテルおよびカジノを
買収しようとベガスへ乗り込むのですね。

カジノ前の大看板にディーン・マーチンやジュリー・ルイスの
大スターに混じってパティ・ペイジの看板があるのを見つけた
めざとい私でした。
ただ、それだけのことですが。

Youtube の パテイ・ペイジ 『テネシー・ワルツ』、
スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret

いいですねぇ~

テネシー・ワルツには特別な思い入れがあります。
横浜生まれ、横浜育ちの私にとって洋楽は米軍の音楽です。
本牧キャンプの芝生の先から聞こえてくる曲です。

何を歌っているのかは分かりませんでしたが
曲調だけは心の奥底に刻み込まれています。
サム・クック、レイチャールズ、オーティス・レディング…

レコードの溝を針が走って伝えた音です。
懐かしいなぁ~
ジュークボックスは洋楽ばかりでした。

格好つけて…大人の真似して…聞いていた子供の頃を思い出します。


テネシー・ワルツには特別な思い入れ

ships hunter 海熊 さん
そうですか、生まれも育ちも横浜ですか。

高校の修学旅行で山下公園行きました。氷川丸を見て驚きました。
大学3年の秋、彼女と山下公園行きました。
アメリカ人が駐車した車の窓があいていました。
彼女がそのことを伝えろと私に命令しました。
英語力に自信がない私、無視しました。

以後、
住まいは杉並でしたが、FENをいつも聴いていました。
英語力は上達しなかったですが、洋楽をずいぶん聴きました。

ジュークボックス、なつかしい響きです。
これも北海道では見たこともなく、
東京で初めて見ました。
お金がかかるので、自分の力で聴いた覚えがありません。

横浜、いいなあ。
中華街、行ったけど、道路工事のアルバイトでした。

そうでしたかぁ~

私が子供の頃は年下の外人をキャンプから連れ出してよく虐めました。(^∇^)
猫を連れてきて「これはなんだ?」と言うと「キャツト」と答えます。
すると私が「これは猫だ!」と言って頭を一つ叩きます。(^∇^)
外人の子供が泣き出すまで虐めたのを覚えています。

FENですかぁ~
懐かしいなぁ~
米空軍横田基地から放送していたんですよね。
FM横浜の試験放送が始まるまでは良く聞きました。

ジュークボックスは野毛の“山荘”と言うカクテルバーに今でも置いてありますよ。
100円で3曲聴けます。
なかなか懐かしいいい音を出しますよ。
曲が始まる前のギーガッシャって機械音も現役です。(^∇^)

中華街で道路工事ですか。(^∇^)
私は大学生の頃、元町で道路工事の警備員やってました。(^∇^)

No title

海熊 さん
野毛の“山荘”と言うカクテルバーのお話。
いいですね。あこがれます。
昨年亡くなった平岡 正明という人のジャズ評論に
野毛の話がでてきたのを覚えています。

行ったことはないのですが、異国情緒あるれる所らしいですね。
そこにジュークボックスがおいてある。
オールデイズや50年~60年のジャズのドーナツ盤なんかあるのでしょうね。
もちろん昭和歌謡曲も。

それにしても、米人のこどもをいじめるとはエラい、いや、イケない。
MPの銃弾を浴びなかったですか。

私は昭和20年代後半、北海道の最東端に住んでいましたが、
列車(2等車ー当時は日本人がほとんど乗れませんでした)の窓から
ライフル銃のような大きな銃でカラスを撃つ進駐軍に驚きながら、
チューインガムをねだっていました。
その姿を見た父にひどく叱られたことを今でも覚えています。

あ、すいません。面白くもない昔話などして。
プロフィール

miki-taka08

Author:miki-taka08
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
ブログパーツ
FC2ブックマーク
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。